エンジェル・セラピスト(R)夫婦のスピリチュアル子育てPART.5 ~涙は誰のため?~

霊的成長を助ける子育て

僕たち夫婦は、2007年10月にドリーン・バーチュー博士のエンジェル・セラピー(R)を学んで認定をうけ、エンジェル・セラピー・プラクティショナナー「ATP(R)」として、リーディング・カウンセリングを行うことが許されています。

その2007年に東京都多摩市に引っ越しをして、AQUA MIXT とういうセラピールームを立ち上げ、早6年が経ちました。自然が多いところ、子育てしやすいようにと、妻である寛子の実家の近くに住むために僕の実家を出ました。

子育てしやすいように……という言葉が風化しつつある時、アラフォーになってから、ご縁に恵まれ、愛娘このは(小葉)がやって来ました。日に日に変わっていく、娘 このは(小葉)の姿……、どんな形よりも愛おしいと感じる日々です。

その副産物として、僕自身の気づきや学びがあり、ありがたいながらも困惑することもしばしばです。それは過去の癒されていない自分を見ることだったり、パートナーへの嫉妬や劣等感だったりするので、できれば見たくないと思ってしまいます。それは僕たちの精神的・霊的な成長につながるものなので、勇気を出して内省するようにしています。

妻である寛子とのパートナーシップは、お互いがお互いの欲しい形で愛を表現しないことがあるので、心にゆとりがなかったり、自分自身の心が渇いていたりすると、喧嘩になることがあります。

相手を思ってのことが、裏目に出ることはよくあります。相手が欲しい形に愛をラッピングできたら…と思う日々です。さて、その喧嘩が始まると愛娘 このは はその空気を察して泣き出します。

夫婦喧嘩をしているふたりを見て、泣きながら言葉にならない訴えをしてきます。そこで娘のためにも喧嘩はよくないねということで、お互いが我慢して喧嘩を止めました。

それでも娘は泣きやまず、どうして?という思いでした。始めは喧嘩を止めて欲しいという訴えだと思っていたのですが、どうやら違うらしいのです。喧嘩を止めてみても、夫婦の不協和音を感じていたのでしょう。

夫婦お互いに納得をしていなかったり、我慢したり、どちらか一方が犠牲になるような気持ちでいると、娘は泣きやみません。喧嘩をやめて静かになっているはずなのに、娘は少しも泣きやもうとしません。

子どもはすべてわかっている

大人になって我慢すること、打算的になること、そして、子供の前ではパパ・ママといった役割を演じようと感情を犠牲にすることを大人の僕たちはしてしまいがちです。

その心の偽りを生まれて間もない赤ちゃんは敏感に感じるのかもしれません。なので、思いきって妻の寛子に、本当の気持ちを伝えました。

「娘ばかりかまって、僕は寂しいんだよ!」
「僕の存在価値が君の中にあるか、不安なんだ!」
「今でも僕のことを好きでいてくれている?」
といったことを喧嘩しながら、訴えるのです。

そうすると、娘 このははピタッと泣きやみ、夫婦喧嘩で泣きじゃくっているふたりを見ながら、ニコニコと笑っているのです。

喧嘩をしているので声のボリュームは大きいのですが、その音を楽しむかのように、娘は聴いていました。
そのうち、安心したのか……、夫婦喧嘩をBGMに眠ってしまいました。

娘は本質的な教えを僕たちに施していたわけです。

両親が本当の意味で仲良くするために、我慢している感情を解放し、本心からのコミュニケーションをして欲しいと思っているのかもしれません。

娘は僕たち夫婦の抑えている感情に気づき、泣いてくれていたんですね。
「今の今まで、僕たちのために泣いてくれていたの?」
眠っている愛娘に訊ねてしまいました。

おむつでもない、おっぱいでもない……、そんな時に赤ちゃんが泣いているとしたら、本質的なことを伝えようとしているのかもしれませんね。