クレッグ・ジュンジュラス「サイキックへの道のり」前編

セドナの大物ヒーラー クレッグ・ジュンジュラスさんより、ご自身の「サイキックへの道のり」に関する記事を寄稿頂きました。クレッグさんのドラマチックな人生の物語を二回にわたってお届致します。本日はその第一弾です。

自己表現が苦手な子ども時代

子供のころは、自由に自己表現をするのが苦手で、そのことでからかわれたりしていました。他の子達と同じように行動するために、「自分は友達とはどこか違う」という思いを抱きつつも、自分の内面を隠して生活していました。内面の繊細さ、寛大さを気づかれないように、人々を笑わせ、ピエロを演じていたのです。

そんな私の気晴らし方法は、木や植物、動物や虫と話をしたり、雲や池を見つめたり、自然のなかでリラックスすることでした。小学校の高学年に入ると、さらに自分は他の子とは決定的に違う、ということに気がつきました。算数や単語の綴りが記憶できなかったのです。歴史の登場人物と深く繋がり、その時代の映像が見えても、その人物の名前や年代を記憶したり、本で読んだ言葉を思い出すことができませんでした。中学校3年生になると、半数以上のクラスを落第。サマースクール(補修学校)に通いましたが、先生からはどんな学問に対しても知性がない、とまで言われました。

高校時代は、自動車整備士の専門学校へ送られ、何度も退学しそうになりながらも、何とか卒業しました。そんな風に内面を隠しながら過ごした10代後半、20代は、SF小説を読んだり、ギターを弾いたりすることで心を収めていました。

専門学校を卒業した後は、小さな造園会社で2年間庭師として働き、その後、夜間の短期大学で英語、数学、科学を改めて学び、昼間の医療技術プログラムへの編入を許可されました。そこで専攻した教科は幼児心理学と異常心理学です。記憶力が悪いため大変でしたが、授業中にマインドをリラックスさせることで、先生の言うことが理解できるようになりました。また、何度本を読んでも理解できなかったことも、内容を読みながら録音し、音楽を聴いている時や寝る前にその録音を聞き直すなどして理解を深めました。

結果、無理だと思われた試験に合格することができたのです。卒業後、有名企業の食品・薬品研究開発部門で実験室の技術者として8年間働きました。同時に食品、化学、微生物学の研究をこなしていました。最初の数年は、私の思考回路を理解し、そこからくる創造性、発明性と努力を高く評価してくれた上司がいたので、とても楽しく仕事ができました。

夜には大学で、小説の書き方や音楽編集を受講し、週末には絵を描いたり、作詞をしたりして、充実した毎日を送っていました。しかし、新たにきた上司は私の仕事のやり方をまったく理解しなかったのです。それだけではなく、私の考えに敬意を払わずに、彼らと同じように考え、行動するよう私を変えようとしたのです。そのような考えの上司を満足させることなどできるはずもありませんでした。

そのような環境でしたから、日がたつにつれて、仕事に行くのがストレスになり、緊張が増し、どんどん不安が募りました。最終的には仕事に行くのが嫌になり、常に緊張し、頭痛や腹痛、不眠症、過食等の症状がでたうえ、両足に焼けるような激痛を感じるようになるまで精神的に追い詰められてしまいました。

痛みと心の混乱を鈍らせるために、コーヒーを飲み過ぎ、たばこを吸い、酒に浸りになりました。このままではいけないと思い、ストレス症状軽減のために頭痛薬や腹痛薬、様々な処方箋を試しましたが、どの医者でも足の痛みの原因は見つからなかったのです。

~後編へつづく~

<Information>

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