神様に「あなたの夢を叶えます」と言われたら 後編

神様に「あなたの夢を叶えます」と言われたら 後編

究極の夢はない?

前回、神の中の神ゼッタイシンさまが、「夢を叶えます」と申し出たのに、究極に叶えて欲しい願いさえも言えなかったみつろう。なぜみつろうは、千載一遇のチャンスをふいにしてしまったのでしょうか?

まず一番初めに気付いて欲しいのですが、全てを叶える神さまとしか紹介されて無いのに、いつの間にか、「どの願いにしよう」になっている。要するに、究極の願いは一つしか叶えてくれないと、勝手に制限している。この制限を与えているのは、もちろん、ただの自分の観念である。相手は、ゼッタイシンさまだ。
ジャンジャカ、バンバン願いを言えば良かったかもしれない。5兆円欲しいから始まって、50億ドルも言って、土地も欲して、王位に就いても良かったかもしれない。それなのに、「どれか一つ」と勝手に制限し、その一つを探しまくっている。
つまり、人生にチャンスは少ないと人間は勝手に思い込んでいる(制限の観念)。

普段なんとなく生きているせいで、自分が叶えたい夢を急きょ言えない。
僕の友人には、「さんまの夢叶えたろかスペシャルに街でインタビューされるかもしれないから、いつでも、自分の夢を言えるように、メモって用意しているんだよねー」って人が居る。自分の夢を貪欲に欲し続けている。

とにかく、あなたは普段、夢のことを考えている時間が少なすぎる。

究極の相手なのに、やっぱりいろいろと遠慮している自分に気付いて欲しい。『ヒロトさまとバンドを組みたい』これは純粋な夢だ。この夢に、何を遠慮する必要があるだろうか?「ヒロトさまには迷惑かも知れない」だって?
良いじゃないか、ヒロト様に迷惑がられたって。ひょっとすると、「お、下手なヤツと組むと意外と斬新」って言われるかもしれないじゃないか。何もかもがを叶える存在に対しても、なぜだか遠慮しちゃう、人間。

もう宇宙からしたら、「あいつ、遠慮が好きなんだなー」としか思えない。そう、あなたは、自分の夢に対しても、物凄く遠慮をしちゃう、そんな人間。目の前に究極の相手が現れたからこそ気付けたんだけど、あなたは遠慮のカタマリなのだ。
「何でも勝手に自由に創っていいですよ」って言われた宇宙空間で、あなたが勝手に、自分の夢を制限しているのだ。そこに、隠れた観念に気づてほしい。

つまりあなたは、遠慮のカタマリ。

急きょ、夢を語れないということは、意外と、満たされていると気付いて欲しい。
アフリカの砂漠で、道に迷った商人の前にゼッタイシンさまが現れたら、
ゼッタイシンさま
「あなたのユ……」の時点で、
「水が飲みたい!」と言うことだろう。
あなたは、日本に居る。これはなんだかんだで、満たされているということだ。

叶わなければマジ困る!という夢は、意外と無いのだ。
「哲学(スピリチュアル)を始めたのは、暇人だった」という名言がある。
ホントにそうだろう。
「わたしとはナニカ」なんて、ゴビ砂漠ではどうでもいい。

あなたは、意外と幸せなのだと気付いて欲しい。

ひょっとすると、流暢に夢をベラベラしゃべれる人もいるかもしれない。
「アレもしたい、コレもしたい、もっとしたい、もっともっとしたい♪」
とブルーハーツばりにたくさん言えた人が。でも、そんな人にこそ言いたい。

お相手は、究極に何もかもを叶えられる立場にいる。無限に夢を伝え続けるのもOKだろうが、あなたは、自分の究極の夢を知らない。

これは、①に出てきた、「夢は一つにしなければいけない」と言っているんじゃない。
究極の夢を持っていない自分に気付いて欲しい。
50億円は最高だろう。
ヒロトとバンド組めたら絶頂だろう。
沢山沢山、叶えたい夢があるかもしれない。
でも、それらは、叶い続けると次から次へと全て消えていく。
その先に、究極の夢を言えない自分を発見して欲しい。
究極の夢を探せとは言っていない。究極の夢を言えない自分を探せと言っている。

ひょっとしたら、究極の夢を見つける人もいるかもしれない。
または究極の夢とは「不足」であり続けることだと思う人もいるかもしれない。

それら全てを含めても、人には究極の夢なんて無いんだ、と気付いて欲しい。
以上が、ゼッタイシンさまに出会えることで気付ける事たちである。

(おわり)

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