一宮千桃のスピリチュアル☆シネマレビューPART.15 「はじまりのみち」

木下恵介監督の戦時中の実話を元に描く
日本の母と息子の愛情物語

最初、「あぁなんだろう、話がないんだけど……母親をリヤカーに乗せて山を越える……だけ?」と映画に乗れず、頭がぐらぐらしだした。しかし、主人公が兄と二人で寝たきりの母親を汗だくになり、また横なぐりの雨の中、びしょ濡れになりながらもリヤカーを黙々と押す姿は凄みがあり、なにか有無を言わせぬ迫力で、首が据わった。

母親は脳溢血で体も言葉も不自由だ。息子二人のうち次男は母親との結びつきが固く深く、そもそも母親を戦火を避けてリヤカーに乗せて疎開させようと言ったのは彼である。彼は映画監督で、国策映画作りに嫌気がさし、会社に辞表を出したことろだ。しかし、次男はこの旅で心が揺れる。彼が再び監督として映画を撮ることを決心させる山越えの旅、そして母親の言葉……。
この映画監督は木下恵介である。本作は監督の戦時中の実話を元にしいている。

「ザ・日本の母」がここにはいる!

ほんとうに大した話はないんだけど、私はこの母親と息子が心から信頼しあい、敬い、互いに愛情を与える姿にひどく胸を打たれた。息を呑んだシーンがある。

風雨で泥だらけの顔になった母親は、旅館について体を起されると、息子の方についっと顔を向ける。息子は当然のように濡らした布で神妙に母親の顔を丁寧にぬぐっていく。その間母親は子供のように顔を突き出してされるがままなのである。

これはまるで恋人同士のようであり、親子逆転のようであり、私はとても美しい親子の姿を見た思いがした。なにか、誰も入ることができない二人の世界なのだ。

木下監督はゲイだったと言われているが、このシーンでもう全て納得してしまう「魂」の結びつきを感じた。私はこのシーンから涙が溢れてしまい、終盤からラストにかけて大号泣してしまった。
終盤、言葉の不自由な母親が息子に渡した手紙の内容には、全ての母親はこうなんだよ!! と叫びそうになった。こんな「ザ・日本の母」が、日本という国を作り、日本男児を作ったのだ! こういう母親がいたから日本は繁栄してきたのだ!! と今はもういない(?)いや、稀少な「ザ・日本の母」に凄まじい郷愁と喪失感を覚えて嗚咽鼻水よだれで顔ぐちゃぐちゃ状態……。

私たちは忘れている。かつて日本人は気高く美しかった

ラストには木下監督作のワンシーンが怒涛のごとく映し出され、もうこれには泣けて泣けて……! こんな素晴らしい作品を作った監督が日本にはいたのだ、日本の誇りなのだ、ああ、高峰秀子も、佐田啓二も原節子も佐野周二も三國連太郎も、日本の宝のような彼らはみんな死んじゃったよ!!とまるで、私の映画ライター人生の思い出の走馬灯を見るようで(大げさか)懐かしさ全開。

そして、なんて彼らは気高く美しいのかとただただ涙に暮れるしかなかった。こんな美しい映画の黄金時代、そして美しい顔の日本人がいたのだ……。しかし、今は今の日本人は……とまた号泣。

忘れている。私たちは忘れている。かつて日本は美しい国だったのだ。美しく気高い心根を持っている人々がたくさんいた、それが当たり前だった。この映画は私たち日本人が失ってしまったものを、何も言わず差し出してくれる。それを私たちは、受け取らなくては……! 切にそう思わせられた、スピリチュアル的に見ても、傑作である。

「はじまりのみち」
全国公開中
http://www.shochiku.co.jp/kinoshita/hajimarinomichi/

監督・脚本/原恵一 出演/加瀬亮、田中裕子、濱田岳、ユースケ・サンタマリア、斉木しげる、濱田マリ、大杉漣
 Ⓒ2013「はじまりのみち」製作委員会
公開表記 6月1日(土)全国ロードショー
TOHOシネマズ岡南/MOVIX倉敷
ワーナー・マイカル・シネマズ綾川 他

【お問い合わせ】
松竹株式会社 映画宣伝部 (會田・湯浅・本橋・西田)
〒104-8422 東京都中央区築地4-1-1 東劇ビル12階
TEL:03-5550-1589

 

★バック記事を見る→映画情報