『日本ふしぎ発見――地球と人類再生のために見直そう日本の不思議文化の旅』PART.11

第11回 村上春樹の不思議な世界(ワンダーランド)

「春樹ワールドは、ファンタジー? 怪談? 冥界?」

村上春樹さんは、現代日本の世界的人気作家です。大人のための童話とか大人のためのファンタジーなどと言われることもあります。確かにつかみどころのない変幻自在なストーリー展開は、春樹ワールドならではの不思議な世界をつくり出しています。理屈っぽい分析をしている方もありますが、ここでは原点に返って春樹作品の不思議世界を楽しみたいと思います。

さて、春樹ワールドに描かれた世界は<冥界>だと言う説もあります。<冥界>とは死後の世界ですが、ここではもう少し広く妖精や妖怪の住む世界も含めた<異界>としておきましょう。確かに、『羊をめぐる冒険』『ダンスダンスダンス』に登場する羊男は<異界>の住人のようですし(作者は「地霊」のようなものと語っています)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に登場する「ハードボイルド・ワンダーランド」の地下でうごめく「やみくろ」たちもまた、こちらの世界を侵食する異界の存在のように見えます。

春樹ワールドには、このように異世界ファンタジー的な色彩がありますが、なかには怪談や奇談をサラッと描いた作品もあります。

例えば、学校の宿直のアルバイトをしている男の物語で『鏡』という作品があります。学校の宿直というのは広い校舎のなかに夜一人きりでいるわけですから、そうでなくても怖い、不気味というイメージがあります。校内を何回か巡回するわけですが、巡回の時に鏡に写った自分が、自分ではないように感じられるという物語です。主人公は霊感なんて全然ないと述べています。
よく言われるのは<潜在意識下の自分の知らない自分>を見てしまったという解釈ですが、後で調べてみたら鏡は最初からそこに無かったというオチがついていて、まさに怪談そのものです。春樹作品は、このように純粋なエンターテインメントとシリアスな文学とのボーダーライン上に意図的につくり出されているようです。

また、村上春樹さんはアメリカに住んでいるそうですが、『レキシントンの幽霊』は、アメリカ在住者ならではの雰囲気のある作品に仕上がっています。男は、友人から家の留守番を頼まれ、彼の家にしばらく住むことにします。2階の寝室で起居するのですが、ある晩寝ていると1階から音楽や舞踏のざわめきが聞こえ、2階から降りてゆくと、誰もいないはずの部屋のなかで、何者かがパーティーをしているというものです。そして主人公は、パーティーをしている者たちが生者ではなく死者たちであることに気がつきます。これはアメリカ(欧米?)ならではの<幽霊たちのパーティー>のシーンで、ディズニーランドのホーンテッドマンションにも美しいファンタジックな<幽霊たちのパーティー>のシーンがありますし、あのホラーの帝王スティーヴン・キングの「超」がつくほど怖い代表作『シャイニング』にも<幽霊たちのパーティー>は登場します。どうやらアメリカの幽霊は集団でパーティーをするのが好きなようです。

『東京奇譚集』という短編集にも、題名の通り怪談・奇談が収められています。偶然の一致、死んだ息子が目撃される、行方不明の間の記憶がない夫、などの不思議な物語は、描き方によってはホラーにもなるような怖い内容を洒落た雰囲気でファンタジックにサラッと描いています。
哲学的、思索的に春樹ワールドを味わうのも良いと思いますが、その不思議な世界をエンターテインメントとして楽しむのもありかと思います。

 

村上春樹作『カンガルー日和』(『鏡』を収録)

村上春樹作『レキシントンの幽霊』

村上春樹作『東京奇譚集』

三浦正雄著『新・あの世はあった』