『日本ふしぎ発見――地球と人類再生のために見直そう日本の不思議文化の旅』PART.6

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第6回『遠野物語』不思議の国トオノ

「不思議の国トオノは、ミステリースポットか?座敷わらしは、本当にいるのか?
『遠野物語』の世界」

日本を愛し、来日して小泉セツと養子縁組をして小泉八雲となったラフカディオ=ハーンですが、日本では最も有名な著作が『怪談』(「耳なし芳一の話」「ろくろ首」「雪女」等)であるため、一般的には怖い怪談話を書く作家の代名詞のように思われています。しかし、八雲は日本の伝承文化や民間信仰を通して見る日本人の心に関心があって、日本の怪談を再話したのです。これは、後に柳田国男が<民俗学>の確立によって探求しようとしたものの先駆けでした。

さてその柳田国男は日本文化史上に残る偉大な人物の一人ですが、元々は作家でした。明治時代に流行した<自然主義>のグループに所属していました。<日本の自然主義>の代表的な作家には、詩歌「初恋」「椰子の実」や『破戒』『夜明け前』で有名な島崎藤村、『蒲団』の田山花袋、『武蔵野』の国木田独歩等がいます。柳田は、私生活をありのままに描くことを主張する方向へ向かった<日本の自然主義>に愛想を尽かして、庶民の暮らしを研究する<民俗学>へと進んでゆきます。
この柳田国男の名前を一躍世に広めたのが、名著『遠野物語』です。

柳田は、農商務省の高級官僚でありながら、地方を巡回し農民の実情に触れ、農民の生活に直結していることから地方の農民たちに伝わる伝説や昔話などにひかれました。また、柳田は、当時、欧米から入ってきた<スピリチュアリズム>や日本で流行った<怪談ブーム>にも影響を受けていました。

この柳田と、遠野出身の作家&民話・伝説の収集家であり「日本のグリム」と呼ばれた佐々木喜善との出会いによって、『遠野物語』は生まれました。(佐々木喜善は、不思議な作家宮沢賢治とも交友関係がありました。)

1910年に刊行された『遠野物語』は現在も多くの人々に読まれていますし、現代的にアレンジしたリメイク本が出たり、映画にもなっています。
日本のチベットとでも言うべき東北の奥地であった遠野に伝わる伝承を集めた本と言う事で、山に住む謎の人々<山人>を始め、山の神と関係が深い<天狗(てんぐ)>、川や沼に住む<河童(かっぱ)>、座敷や蔵に住み家の盛衰に関係すると言われる<座敷(ざしき)わらし>、山に住み人を食べると言われている<山姥(やまんば)>、馬と少女の二つの頭を持つ謎の神<オシラサマ>、人気のない山中の家を訪れると家が富み栄えるという<マヨヒガ>(迷い家)、若い娘が忽然といなくなる<神隠し>、等、不思議なお話のオンパレードです。

なかでも遠野の<座敷童子(わらし)>の話は有名です。村人が、見慣れない少女が2人やって来るのを見つけ声をかけると、2人は金持ちの農家から来たと言い、別の家に行くと言います。その後、金持ちであった農家は食中毒で幼い娘1人を除いて一家全滅し、その娘もやがて年老いて子なく病気で亡くなるというものです。

これらの不思議話は昔話や伝承と言われますが、事実と異なる空想上の出来事であったのでしょうか?
人間も生き物です。環境によって変化するものと言えます。イギリスの生まれ変わりの研究で有名な心理学者スティーヴンソン博士は、世界に多くある前世の記憶の事例の真偽をフィールドワークで確認していますが、その社会共同体が生まれ変わりの考え方に否定的だと子どもは前世の記憶を忘れてしまう傾向を指摘しています。
妖怪(欧米の妖精にあたる)等の未知の存在も、社会が否定的であればあるほど、姿を見せなくなってゆくのではないでしょうか。

柳田国男著『遠野物語』

柳田国男&京極夏彦著『遠野物語remix』

三浦正雄著『新・あの世はあった』