神仏絵師のよろづ話:第十四話「七観音・如意輪の秘密! 如意輪観音様」

如意輪観音様

こんにちわ。神仏絵師の昌克です。今回も、七観音の中から如意輪観音様をご紹介します。如意輪観音様と言えば、その名にもあるように、目印となってる「如意輪」ですが、実はこの如意輪、ひとつのものを指しているんじゃないんです。なんと「如意」と「輪」という2つのアイテムなのです。

「如意」は「如意宝珠」、「輪」は「法輪」を指します。如意輪観音様の像などで、手にされてる「輪」を指して「如意輪」だと思っている方が多いことでしょうが、あれは「法輪」なのです。今日は、ここからお話を進めますね。

まず、その「法輪」とは、古代インドにおいて、車輪の形をした武器で、自らの煩悩を打ち砕くものでした。車輪からは八方に剣がのびていて、それが八方に仏教を伝えようとする考えとともに、シンボル化されて、装飾模様として寺院の飾りなどに使われるようになりました。

そして「如意宝珠」とは、「思いのままに願いを叶えることができる珠」で、まさに「魔法の珠」です。下が丸くて上が円錐になった形をしています。よく橋の欄干などに飾られている「タマネギ」のようなものを見かけることがありますよね。あれもこの宝珠が起源だと言われています。

 

この「如意宝珠」は、仏教界のスーパーアイテムなのです。衣服が欲しいと言えば衣服が、食べ物が欲しいと言えば食べ物が、毒の水が清水に。などなど……まるで最初から七つ揃ってる「ドラゴンボール」です。

「如意宝珠」は、どうやったら手に入る?

でも、ここで疑問。仏教と言えば、煩悩を戒めたり、悟りを求めているはず、これほど物欲を掻き立てるようなものがあっていいのかな?と思いませんか? そして、こんなアイテムどうすれば手に入るのでしょう。

その前に最近よく「引き寄せ」というキーワードを目にします。「自分の望むものを手にする」ことを目的にしていると思うのですが、仏教にも、それに似た考えがあります。ただしそれは、「望めば望むほど遠のく」のです。「望む」ことすなわち、煩悩であり、煩悩である以上、それが叶うことはありません。「必要なものは、その人が必要ならば、自ずと手に入るのです」つまり、手に入らないのは、必要じゃないからです。

では「必要な状態」とはなんでしょう? まず「欲」には、際限がありません。「欲」である以上、必要とは言えません。成すべきことが決まったとき、本当にあなたに必要なものが手に入るのです。

 

このスーパーアイテム「如意宝珠」も、どんな願いも叶う力を持っていながら、すべての煩悩から解放された時にしか手に入らないのです。手に入れた時には、いいものが食べたい。いい服が着たい。いいところに住みたいなどの「欲」からは、解放されているのです。言ってしまえば、必要なくなった時に手に入るのです。

如意輪観音様は、何でも願いを叶える「如意宝珠」と煩悩を打ち砕く「法輪」の二つを持つことによって「本当に自分が必要なものを見つけ出すことの大切さ」を私たちに伝えてくださっているのです。

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