『日本ふしぎ発見――地球と人類再生のために見直そう日本の不思議文化の旅』PART.5

第5回 ラフカディオ・ハーンが日本にやってきた!

「日本を世界に広めた恩人ラフカディオ・ハーン=小泉八雲は、霊能者だった?
子どもを救う地蔵菩薩は、本当にいた?」
<のっぺらぼう>に化けたムジナ(穴熊、狸など)にからかわれた男の話『むじな』、夜な夜な首が空を飛んで人を襲う『ろくろ首』、雪の精が妻になる『雪女』などの伝承の再話(聞き書き)で有名な小泉八雲は、ギリシア人の母とイギリス統治下のアイルランド人である父を持つラフカディオ・ハーンの日本名です。

ハーンは、母の帰国、父の海外赴任と死によりアイルランド人の大叔母(父の叔母)に育てられますが、やがてその大叔母も破産し、単身当時の新興国アメリカに渡ります。アメリカで文才を発揮しはじめ、新聞記者・雑誌記者・翻訳家・作家として活躍するようになります。

やがて、日本文化に魅せられて日本にやってきて、神話の都出雲に近い島根県松江に始まり熊本、東京と様々な学校で教えながら日本文化や日本の伝承にまつわる本をたくさん書いて世界に広めた人です。ハーンと親交があったチェンバレンは、ハーンが魅せられたのは幻想の日本だと述べていますが、日本を理想化していたとしても、日本文化や日本の伝承を海外に広めた功績は否定すべくもありません。

さて、このハーンですが、子どもの頃から霊感が強かったらしく<この世ならぬもの>をたびたび見ています。『新・あの世はあった』でも紹介されていますが、<のっぺらぼう>やゾンビも目撃しています。ハーンの幼年時代のお手伝いさんが、実家に帰っているはずの時期に<のっぺらぼう>の顔で現れたというものや、西インド諸島に観光に行った際に宿泊した旅館に夜、ゾンビが襲ってきたというものです。現在でもテレビ等でネタにされる有名な『むじな』も、単なる伝承の記録ではなく実体験に基づいて描写されているのかもしれません。

ハーンの不思議体験

日本が大好きで日本の文化を世界に広めたハーンですが、日本でも不思議体験をしています。それは、最初に日本で住んだ土地である島根の加賀という土地での体験でした。波の浸食により奇岩が50キロに渡って並ぶ美しい景観の土地にある「加賀の潜戸」と呼ばれる海食洞群での体験です。これらの洞窟の奥には古くからの信仰により様々な神仏が祀られていました。それだけに洞窟内で神秘的な体験が起きても、何の不思議もなさそうな所です。ハーンは<お地蔵様>が祀られている「旧潜戸」という洞窟に入っていき、車夫から洞窟内にある大小の石を積み上げた無数の小さな塔が、死んだ子どもたちによって作られたものだという話を聞きます。その場所は子どもが来れるような場所ではなかったのですが、確かにそこには子どもの足跡がついていたのです。しかも奇妙なほどくっきりとした裸足の足跡だったのです。この足跡は、昼間は乾燥して消えてしまいますが、毎晩のように夜になるとつくというのです。

日本の<お地蔵様>は、≺三途の川>を渡る手前の<賽の河原>という場所で死後に苦を受けている子どもたちをかわいがり救う、と言われています。ハーンは、<お地蔵様>が好きでした。幼くして死の旅に出た子どもたちを、その心細さから救うと言われている仏様であったからでしょうか。それはまた、幼くして父と母の愛を充分に受けることなく厳格な大叔母に育てられ、その大伯母にも貧窮により放り出されて、たった一人で知る人もない社会で生きてきたハーンの青少年時代のトラウマからくるものかもしれません。

現在、日本では胎児や乳幼児への生命の慈しみが薄れ、中絶や虐待で殺される胎児や乳幼児が後を絶ちませんが、霊魂が存在するならば、彼らは早すぎる死をどれほど悲しんでいることでしょうか。昔の人々も生活苦によりやむなく胎児や乳幼児を殺した記録がありますが、少なくともこうしたかわいそうな子どもたちを手厚く供養し、<お地蔵さま>に救ってもらいたいという気持ちはあったのではないでしょうか。

小泉八雲著・池田雅之訳『妖怪妖精譚』

三浦正雄著『新・あの世はあった』