日本人が知るべき日本。「日本的精神の可能性」~この国は沈んだままでは終わらない

日本人が知るべき日本。「日本的精神の可能性」~この国は沈んだままでは終わらない

世界に通用する「Jpanese Spirit」を探る

2011年の東日本大震災で改めて見直された「日本人の精神」。TRINITY VOL.46では、「日本脱出」と題し、日本人がそのスピリットを活かしながら、どんどん距離が縮まっていく世界のなかで活躍していくための方法を、世界的な活躍される皆さんのインタビューとともに提案しています。1998年に発売された呉善花さんの著書、「日本的精神の可能性~この国は沈んだままでは終わらない」は、海外の視点から、その日本の精神性について触れています。

本書のあとがきをまずは抜粋。
「日本が、非利己的な精神を失うことなく何とかここまでやってきたところで、自我的な個人行動の精神に拠所した西欧近代の行き詰まりがはっきりしてきた、というのがいまの世界の現実ではないでしょうか。ここで日本がそうした西欧近代の依拠した精神の方向性を目指せば、西欧近代の限界とそのまま運命をともにするしかありません。私は、日本はいまそのギリギリのところに立ちいたっているのではないかという思いから、日本の非利己的な精神の未来的な可能性をできる限り探ってみようと、本書の執筆に向かいました」

このあとがきが書かれたのは、1998年。それから14年が過ぎた今、日本はどうなったでしょうか? 特に経済・社会的な面では確実に西欧化を推し進めてきた日本。呉女史が、憂慮していた西欧近代に依拠した日本の姿が今ここにあるように思います。しかし、その一方で震災を機に世界から称賛される日本人の非利己的、利他愛を重んじる魂が呼び起こされているのも事実です。

「世界で通用する人になるために、英語ができることはプラスになるわけではなく、最低限のライン」。そうTRINITY本誌でもお話くださったのはLiLicoさんでした。世界との距離がいろいろな意味で近くなっている今、人生をより豊かに充実させるために、日本という狭い土壌のなかだけでなく、世界に自分の活躍の場を求めていくことは決して夢ではありません。けれど、どれだけ英語が話せても、どれだけ西欧的な文化や慣習が染みついていても、海外の人から見ればそれは日本人の魅力にはなりません。もちろん、同じ価値観で仕事や人間関係を築けることは意味深いことですが、海外が求める日本人像の根っこはやはりその精神性にあるのだと思います。

アジアと西欧の限界を超える日本

本書では、そんな日本の精神が持つ可能性について、そして日本という社会の在り方、日本人の強みと弱みについて語られています。日本は、「アジアと欧米の限界を超える」国であると著者は語ります。世界標準と言われるアメリカン・スタンダードが生まれてきた世界情勢、そして欧米志向に限界が見えたことをあげ、その中で日本という国の在り方について言及されています。
“グローバル”が、欧米への傾倒に勘違いされやすいなかで、大事なのはローカリズムとグローバリズムの共存であり、日本もそのためのヴィジョンをしっかり持つべきだと語られています。また、日本はアジア文化とは異なるオリジナリティを持っていて、それがどの国とも違う独特の美意識を生み出しているのではないかと紹介。

「日本人が持っているような美的な感性を私はほかのアジア人から感じたことはない~中略~こんな国は日本しかない。どんな文明国をもしのぐ文化の根の深さを持っている」この深さを未来へ向けて活かすこと、そこに日本がアジア的な限界と西欧的な限界を超える可能性がある」

日本人の自己主張の弱さ。自と他を分離しないという個性

外国人から見た日本人の印象として代表的なものに、「自己主張をしない」ということを挙げる人は多いでしょう。そして、私たちが海外へとフィールドを広げようとした時に、もっともネックとなる性質でもあります。

本書では、西欧とアジア、特に日本におけるそういった国民性の違いについても取り上げており、日本人はなぜ自己主張ができないのか、という背景を考察しています。そして日本人のこの性質もまた、他のアジア諸国とは異なる観点であること。たとえば、一般的には日本人よりも中国人や韓国人の方が個人主義的で自己意識も強く、主張もあると考えられていますが、著者は「これは大きな誤解である」ときっぱり述べています。

「そう見えることはたしかだが、内実はまったくそうではない。中国人や韓国人はアイデンティティの根拠をはっきりと血縁関係においている。その意味で、外に対する意識と内の意識が分離しているため、いかにも自他の区別がはっきりしているように見えるに過ぎない。けっしてアイデンティティの根拠が西欧的な意味での個人におかれているからではない」

また、日本人の独自性の一つに、「アイデンティティの根拠が非常に曖昧である」ことを提起。西欧のように個人でもなく、中国や韓国のように血縁でもなく、はたから見ると「会社」や「組織」にいることがアイデンティティと感じさせることもある、とその独特の感性を私たちはもっているのです。

そのほかにも、日本独特の宗教観や、「女が裏で糸を引く」という日本文化など、外国人の目線で書かれた「日本人とは」が盛りだくさん。

改めて日本人とは何なのか、日本人である私の強みは何なのか、ということを考えてみるきっかけになるはずです。