ガユーナ・セアロ氏インタビュー(前篇)~この世の中に「可哀想な人」はいない

ガユーナ・セアロ氏インタビュー(前篇)~この世の中に「可哀想な人」はいない

TRINITY 45号のトリニティーインタビューでご紹介した、ミャンマーをメインに世界各国で独自の活動を展開している日本人上座部仏教僧侶、ガユーナ・セアロ氏。本誌ではご紹介しきれなかったインタビューを、Trinity WEBでご紹介します。

 

この世の中に「可哀想な人」はいない
同情より愛情をかけなさい

今、自分の身の上に起こっていることのすべての原因は、自分の中にある種から巻き起こっている。その種が、自分の中の鏡に映し出されるから、自分にとってイヤだと感じることがわかるんだ。何かが起こっても、そのことが、自分がまったく知らないことだとしたら、「何それ?」と関心が持てないだろう。それがどういうものなのかを知っているから、腹が立ったり、喜んだりするわけだ。

この世の中に「可哀想な人」というのはいないんだ。同情するな。同じ情けにはなれない。でも、愛情はかけなさい。ないものは、ほんとうに必要だったら、自分でつくるだろう。それでも足りなかったら渡すのが人の愛情だ。私は福島に支援に行っているが「元気?」という言葉をかけにいっている。その言葉が一番力になる。

肉体は寺である。せっかくみんな自分の寺を持っているのに、自分自身を見るのを怖がっている。おぎゃあとうまれた時、環境や宗教、それぞれみんな違う。そこで、あなたの環境はこれですよと教えると、その通りの「比較の人生」になってしまう。世間のボーダーラインや格差社会で泣くことになるんだ。

たとえば、ゴミ山で生まれたこどもが、笑って生きていられるのはなぜだと思う? それは、その子たちはゴミ山以外知らないからだよ。比較する場所があると悲しみになる。外から見てどう思おうと、どんな環境でも、そこで生きる人たちにとっては、そこは普通の場所なんだよ。

この前、カンボジアのこどもが、ウォシュレットの使い方を知らなくて、シャワーだと思って頭から水をかぶっていた。ウォシュレットが何のために使うのかを知っていれば、それは笑い話になるけれど、はじめから知らなければ、何かがおかしいのかさっぱりわからない。この世の中で起こっていることや、あなたが今感じていることも同じようなことなんだよ。

 

自分に嘘をつかない
そうしたら、あなたはあなたでおれる

自分に嘘をつくと逃げられない。なぜなら、自分からは離れられないからだ。今の苦しみから逃げるには、「自分は自分でいていいんだ」と思うことができない限り、何度でも同じ境遇が訪れる。あなたの人生は、あなたの責任において、あなたが決めなさい。あなたが悪いことをしたらあなたの責任。何かの原因があれば、因果応報がある、それだけのことなんだ。
今、全国を回っているが、どこへ行ってもみんな一緒だ。みんな、「かわりたい、よくなりたい、もっと自分らしくなりたい、その方法がわからない」と嘆いている。でも、方法なんてないんだよ。自分で気づくしかない、自分が言うことはそれぞれ100%だと私は言っている。全部違うから楽しいんだ、みんな一緒だと気持ちわるいぞと伝えている。その違いを、「良い悪い」とジャッジせずに認め合う事だ。ジャッジするからおかしくなる。目の悪い人は、耳が聞こえるなら耳をつかいなさい。手の悪い人は足を。目が悪いから不幸ではない。不幸だと教えるから、自分は不幸だと思ってしまうんだ。

~つづく~

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