アクエリアス時代の主流になる「エソテリック・ヒーリング」とは? PART.18

アクエリアス時代の主流になる「エソテリック・ヒーリング」とは? PART.18

前回の最後、「愛(されること)」が大切だという方にとって、どうやったら「愛に満たされる」のか?
たくさんの人から愛されることによって、はじめて愛に満たされる幸福感が得られるという考えに、錯覚はないか? という質問をさせていただきました。

確かに、身の回りを見回して、愛に満たされているように感じられる人は、子供時代から両親や周りの友人からたくさん愛されてきた人が多いように見受けられます。

また、きれいな女優さんで、子供時代はいじめにあっていたと告白する人も結構いますが、大きくなって周囲がハッとするような美しさが出てくると、周囲の男性たちが皆ちやほやし出して、急にもてはじめ、そこからその愛情を受けて性格が良くなる場合と悪くなる場合の2通りがあると思いますが、どちらも、周囲から見ると、たくさんの愛に満たされていて幸せだろうなあ、と羨ましくなるものですね。

でも、そういう人たちであっても、意外と本人は、本当に自分を理解してくれる人はいないと、孤独で苦しんでいて、自殺を試みたりする人も、中にはいます。

となると、一見たくさんの人から愛されているように見えても、それが「愛に満たされる」ことの絶対必要条件ではない、ということになりますね。
そういう人は、人から愛されていても、その愛のエネルギーを受け取っていないからだ、ということが考えられます。
愛のエネルギーを受け取るのに、上手い下手があり、それが「愛に満たされている」という満足感を生むかどうか、の決め手になる、ということですね。

これに対しては、「ハコミ・セラピー」というアメリカから入ってきた心理療法の中に、「ラビング・プレゼンス」という興味深い技法があります。

セラピストがクライアントに対し愛をもって接する(ラポールをつける)、というのは通常行われることですが、「ラビング・プレゼンス」というのは、逆転発想で、セラピストがクライアントに接する際、その前にクライアントから「愛を受け取る」という心の姿勢をもつ、というのです。

クライアントというのは、心理療法家に相談に来るくらいですから、愛に満たされず、不平不満ばっかりを抱えている人が、当然多いわけです。
でも、その人たちからでも受け取ることのできる「愛」がある。そこに疑いをもたずに、その隠れている「愛」を必死に探す。どんなわずかなことであってもいい。そうすると必ず、見つけることができる。
そして見つけられたことによって、セラピストとクライアントの関係は変化し、とても愛に満たされた場ができてくる、というのです。

人間って、不思議なものですね。
次回、エソテリック・ヒーリングの立場を含めて、もう少し深めてみたいと思います。

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