高い精神性で世界を冷静に俯瞰する美しい人
~中谷美紀 『女心と秋の空』

女優・中谷美紀の印象を問われれば、美人、綺麗といった事実の前に、神秘的なとか、儚げなという形容詞を用いる人は多いのではないだろうか。

予想に反してこのエッセイ集から垣間見られる実際の彼女は、インドでパスポートを盗まれても、高山病に見舞われても、お腹を壊して七転八倒しても、全て旅の醍醐味と言い切れる不屈の精神の持ち主である。
映画のロケや宣伝のイベントなど、華やかな日常も綴られるがそれ以上に、ホメオパシーが劇的に効き、心にも作用して掃除にハマったり、本格的な断食や富士山登山に挑戦したり。
あの細い身体でよくも、と感心してしまうほど、スピリチュアルな気付きをもたらす修業に余念がない。否、性格を表す真面目で事細かな書き込みを見るに、彼女の中では修業ではなく、心から楽しんでいるのが感じられる。
富士山登山でゴミを捨てないようにと書かれているが、「ビニール袋一枚が重く感じられるようで捨ててしまいたい衝動に駆られた」や、能観賞での居眠りについての言及など、そこかしこに見られる率直さが好ましい。

本書を読んでいると、心よく期待を裏切ってくれる、素敵な人だとつくづく思う。
そして、普通の女性ならば恥ずかしがって口にできないことでも、口にする。インドで牛の糞を踏んでしまった彼女。日本の大女優が、インドでの失敗をいたずらっ子のように楽しそうに語る。そんな表情も容易に想像がつく。

高い精神性のきらめきはそこかしこに感じられるが、特に目を引いたのはインドの最下層カーストの村落で感じたこの箇所でのことを記したこの箇所である。

「風雨を凌ぐことができ、温かい食事もあり、着衣に困ることさえなければ十分に幸せなはずなのに、なぜひとは多くを求めるのだろう」

贅沢や特別扱いには慣れっこの「女優」という職業を続けながら、この視点を保ち続けるのは至難の業のはず。ストイックに心身の可能性にチャレンジし続ける彼女の理由は、その辺りにあるのかもしれない。インドの旅を人生の指標として今も掲げ続けるところが、【中谷美紀】たる所以なのかもしれない。

孤高の世界にいるようで、実は誰よりも地に足を着け、世界を俯瞰している。少女と女性がバランスよく共存している方だと思う。

『女心と秋の空』
中谷美紀 著
幻冬舎
1,365円(税込)