もう1人のマザーテレサ 細川佳代子さん「あなたを受け入れているという事、それが大事」第2回

元ファーストレディ(第79代内閣)だからボランティアに励むのではなく、細川佳代子という人間が人を愛する気持ちで溢れているから、自ずと人の笑顔に携わることを選ぶのだ。彼女のなかでは、きっと全ては人助けでも何でもなく、生きることそのものなのだろう。だからこそ、細川佳代子さんの言葉には、ボランティアとは何ら関係がない人でも。日々の生活で活かすことのできる知恵とエネルギーに満ちているのだ
Photo:Tomoko Hayano Text:Akemi Endo

知的発達障害のある人たちの自立と社会参加を日常的なスポーツ活動を通して応援する国際的なスポーツ組織「スペシャルオリンピックス」を日本国内に広めてきた細川佳代子さん。その出会いとなった自身の経験を「ともこちゃんは銀メダル」(ミネルヴァ書房)という絵本で紹介している。その出版パーティには、知的発達障害のある9人の青年たちが撮影クルーとして参加していた。母のような目で彼らを見つめる細川佳代子さん。彼女の目には知的発達障害というのはどのように映っていらっしゃるのだろうか? そして、全ての子どもたち、今後の世界のあり方をどう捉えていらっしゃるのだろうか?

編集部(以下編):パーティで彼らと出会って、一人ひとり違っていいんだ、という風に思う気持ちが必要だと感じてきました。

細川佳代子(以下細):そうなの、そうなの。だから日本の文化にとっては非常に難しいわけ。つまり日本の文化は違ったことをしたらいじめられたり、辛い目に遭う。皆と同じことをしているのが一番無難で、安心。誰もがホッとするでしょ。そういう文化を育ててきてしまった。ところが彼らと交流を持つとそういう価値観とは全然別の価値観が必要だから、「えー、そういうことがあるのか」と新しい発見ばかりになるわけ。健常者の競争社会で勝たなくちゃいけないと思いこみ、そういう社会で生きづらくてストレスがたまった人はスペシャルオリンピックスに出会うとホッとするわけよ。みんな違っていいんだ、一人ひとりのいいところを伸ばせばいいんだと。なにも同じじゃなくていい、という自分の別の価値観に気づける。新しい自分を発見できて、居心地良くなれる人もいるわけ。この魅力にハマって離れなくなるのね。日常の仕事で忙しくて土日ぐらいは休みたいところだけど、逆にただ休むよりスペシャルオリンピックスに2時間来て気分も完全に転換して、ホッとして心がなごむ。その2時間を過ごすことが凄く大切だと思う人がいる。彼らから元気をもらっている。難しい子ばかりじゃなく、中には人なつこくておしゃべりが上手な子もいるしさまざまだから面白い。もちろん、一番重い自閉症の子は難しいけど。渡辺元君の場合、ダウン症でも頑固でも気難しいところがある。それでもビリーブクルーのイベントが何かあった場合、一度も欠席したことがないのよ。楽しいのよ、彼は。つまり認められているということ。ビリーブクルーやスペシャルオリンピックスのみんなが受け入れてくれるから楽しいの。だから必ず来る。でも彼のお母さんは気の毒なくらい「お荷物になってすみません」って。

:元君は何歳なんですか?

:ちょっと待ってね。もう27,28歳になるのかな。「able」の最初の主役だったの、彼は。お母さんは「うちの元は邪魔になるでしょうし、なにもできません。映画なんて無理です」って出演を断ったのよ。でも、思いをひるがえして1週間考えてくれた結果、「お任せします。うちの子が役に立つならどうぞ」とやっとOKを出してくれたの。それまでに約200人の親に断られましたけれど。

:どうして断るんでしょう?

:無理だって。映画なんてできるわけがないと思ってしまうの。映画のドキュメンタリーの主役で、アメリカで撮影なのに英語を一言も話せない。いろんな問題を起こしたときに誰が責任を取るの? 親はみんな心配ですよね。だいたい演技もできないし、映画にならないって。「これは映画ではなくてドキュメンタリーだから、ただ日々の暮らしをカメラで撮影するだけです。なんにも心配はいりません。あるがままの彼らを撮ればいいんだから」。彼らの理解者を増やすための映画でしょ。だから特殊な能力を見せるためじゃないの。できないならできなくていいの。彼らの人生が楽しく過ごせることを知ってもらうことが大事だから。できるできないは関係ないから、とお願いしたにも関わらず親はみんな反対。そのなかでも元くんのお母さんは前向きな方で、カウンセラーをしていらして本も出されて、とても素晴らしい文章を書く方。凄く優秀なお母さんなの。友達と一緒にこういう子どもたちの社会参加や自立を促す活動を熱心にやっている。その方が断わったわけよ。私たちは「あのお母さんなら前向きだから大丈夫だろう」と思ったの。でも、お母さんから「あなた達は無謀すぎる。こういう子どもを育てたことがないからそんな無謀なことを企画するんだ」と逆にお説教されました。そこを、監督が「1週間考えてくれ」と。1週間、相当考えて下さったようです。親でもなんでもない監督と私が少しでもこの子達が幸せになれるようにと、あれやこれや一生懸命やって、しかも映画までつくろうとしている。その気持ちに心が向いてくれたのね。こんなありがたいことはない。それを親がNOと言っていることに疑問を感じてくれたの。そもそも自立、社会への参加を願ってずっと活動しているわけでしょ。最高の自立と社会参加のチャンスが目の前にあるのに、無理ですと断っているのは、言っていることとやっていることが矛盾しているじゃない。そこに気づいてくれたのよ。もう一つ。彼が生まれてとても大変で、彼にかかりっきりで、よくあることだけどお父さんが離婚して出ていってしまった。それでね、彼女は物凄いことをしたの。息子さんが二人いらして、上のお兄ちゃんの進学のこと、家のこと全般、母子家庭だから彼女が全部子育ての責任を持ってやってきていたの。決断は全て彼女がやっていたわけ。ふとね、19歳になった息子の気持ちを聞かずに決めていたことに気付いたの。親が決めるのではなく、子ども自身はどう思っているのか聞いてみようと。監督は元君とすでに友達だったのね。1年前のノースカロライナで開かれたスペシャルオリンピックスに元君は水泳の選手で出ていたから監督はそのときはNHKで1時間番組をつくっていたのよ。だから、アメリカにも一緒に行っていたのね。「アメリカに行って向こうの家でホームステイをしながら、仕事をする。お母さんは行かないけれど、監督と一緒に行くか?」と聞いたの。元君は「僕、アメリカ行きたい」と答えて、お母さんは大ショックよ。お母さんから離れたこともないし、絶対ヤダと言うと思っていたわけ。ところが彼は行きたいと言った。その気持ちを大切にしようと。それで1週間後に「お任せします」という返事がきたの。やっと一人の出演者が決まった。次は純君。日曜に元君と同じ水泳のプログラムをしている青年なの。言葉は全然しゃべれない。でもこちらが言っていることは全部わかるし、体格も立派。運動神経が凄くよくて、水泳も豪快。そのご両親が「元君が一緒なら」と引き受けてくれた。それで4カ月遅れで主役が決まったの。でも大変なのは二人の知的障害のある青年を受け入れてくれるアメリカのホームステイ先が見つかるか。それが一番難しいだろうって。ところがそうじゃなかった。いくつもの家族が手をあげてくれて、一番難しいのは日本の親だった。アメリカでは元君は地元で働いたのよ。地元サポーターが彼を見て「あ、この子なら大丈夫」とホテルで働くテストを受けて、ホテルのリネン室という洗たく場で働いた。純君は地元の高校に通って、二人とも物凄く楽しかったって。アメリカの受け入れ先の人達は日本人みたいに偏見を持っていなかったのね。

 

細川佳代子●ほそかわかよこ

認定NPO法人スペシャルオリンピックス日本名誉会長。神奈川県出身。1994年「スペシャルオリンピックス日本」を設立。2005年長野で開催された「スペシャルオリンピックス冬季世界大会」で会長を務める。活動の理念を広げるために日本各地で啓蒙活動を行っている。ユニバーサルスポーツとしてフロアホッケーを普及するために日本フロアホッケー連盟を設立。会長も勤め、障害、性別、年齢等を超え、共に生きる喜びを感じる社会の実現を目指している。また、途上国の子どもたちにワクチンをおくる認定NPO法人「世界の子どもにワクチンを」日本委員会理事長、知的発達障害のある青年たちを追ったドキュメンタリー映画『able』『Host Town』『Believe』などを制作した「ableの会」代表、障がい者理解の「教育」と「就労支援」を二つの柱にした活動「勇気の翼インクルージョン2015」の代表も務めている。

認定NPO法人スペシャルオリンピックス日本 ホームページ
http://www.son.or.jp/
『ともこちゃんは銀メダル』1,800円(ミネルヴァ書房)「少女の奇跡のようなできごとが、みんなの心に種をまきました」と有森裕子さんも絶賛するスペシャルオリンピックのことがわかる心温まる絵本。絶賛発売中!